左官職人:江藤 一義

プロフィール
名前 江藤 一義
仕事内容 左官職人
生年月日 昭和15年2月12日生まれ
出身地 福岡県朝倉市

この道何年なのですか?家業を継いだのですか?

江藤職人:中学校を卒業してからやけんもう50年以上よ。朝倉の農家の生まれやけど、あの辺は産業もないし当時は私だけじゃなく職人になる者が多かったね。私が弟子入りした頃はコンクリートを混ぜるミキサーもなかったから、手で練ってそれを運んで。こんなことの繰り返しやった。左官としての仕事がまあまあ上手くできるようになったのは(修行時代を過ぎて)、職人と呼ばれるようになってから。

綺麗に平らに均すことができるまで何年くらいかかるのですか?

江藤職人:私は何十年もしよっちゃけんできるのは当たり前。そうやねえ、7~8年はかかるやろうね。でもね、本当に「上手い」と言われる人は天性のもの。下手な人は何年経っても下手やね。

弟子入り後7~8年といえば日本は高度成長期の真っ只中。建築業界の隆盛期でしたよね?

江藤職人:そう。オリンピック(=1964年)を目前にして特に東京は建築ラッシュが凄かったね。私も東京で仕事をしたもんよ。親方の家に泊まり、電車に乗って建築現場に通うんやけどスーツ着て行きよったよ。「花の東京」で仕事するんやったら、やっぱりスーツぐらい着らんといかんやろうと思ってね。左官屋は壁を塗るのが仕事の中心やったけど最近は塗り壁の家が減ったね。だから、仕事は基礎周りの塗り、玄関のタイル下地、勝手口の床、給湯器の土台作りなんかが多いね。この現場(=篠栗町)の玄関を入った土間は豆砂利洗い出し仕上げ。モルタルの上に細かな石を埋め込み、表面のノロ(=セメント等を水で練ったペースト状のもの)を拭きとるという方法やね。施主は若い人と聞いてるけど日本的な珍しい手法を取り入れたなあと思ったよ。

50年以上も現役を続けられる秘訣は?

江藤職人:いやあ、私はただただ長くこの世界におっただけやろうね。それができたのもいい仲間がおったから。仲間がおるけんこの仕事は成り立つと。私の兄弟子の息子と今一緒に仕事しよるけど、本当にいい仲間に恵まれとると思うよ。この仕事には定年がない。仲間に支えられ仕事をさせてもらって有り難いね。

休日は何をして過ごされるのですか?

江藤職人:休みの時は家にいても体がなまるし野菜を作りよる。自宅近くに畑を借りてね。動ける間は動く。これが健康には一番よ。

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